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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(オ)1175号 判決 1986年7月10日

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

原審及び当審の訴訟費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人六川詔勝の上告理由について

一(一)  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

(1) 被上告人は、第一審判決添付の別紙目録記載のとおりの手形要件及び連続した裏書の記載のある約束手形一通(以下「本件手形」という。)を所持している。

(2) 上告人は本件手形を振出した。

(3) 本件手形の金額欄には「壱百円」と記載され、その右上段に「¥1,000,000-」と記載され、同手形には一〇〇円の収入印紙が貼付されている。

(4) 本件手形金の請求に係る本件訴状は、昭和五五年九月六日上告人に送達された。

(二)  原審は、右事実関係に基づき、(1) 本件手形の金額欄記載の「壱百円」を漢数字による記載であるとし、手形金額が漢数字と算用数字とで重複記載されている場合には、漢数字も数字であるから、手形法六条一項の規定の適用はなく、また、同条二項は、手形金額が数字で重複記載され、その金額に差異のある場合につき、最小金額を手形金額とする旨を規定しているが、手形の外観自体から数字による重複記載のいずれか一方が他方の誤記であることが明らかである場合には、金額不確定のため手形が無効となることはありえないから、同条項の規定の適用もないと解したうえ、(2) 本件手形の振出日である昭和五五年四月当時の貨幣価値に照らし、金額一〇〇円の手形が振出されることは、経験則上ほとんどありえず、また、印紙税法(昭和五六年法律第一〇号による改正前のもの)二条によれば、当時金額一〇万円未満の手形は非課税であり、金額一〇〇万円以下のものの印紙税額は一〇〇円であつて、一〇〇円の収入印紙を貼付した金額一〇〇円の手形が振出されることは、常識上ありえないから、本件手形の漢数字による金額の記載には「壱百」の字と「円」の字の間の「万」の字が脱漏していること、すなわち、漢数字によつて記載された金額は算用数字によつて記載された金額の誤記であることが明らかであるとし、結局本件手形には手形法六条二項の規定の適用もなく、算用数字で記載された金額を本件手形金額とすべきものと判示し、本件手形金額は一〇〇円であるとして被上告人の請求のうち同金額及び遅延損害金の請求部分のみを認容しその余の請求部分を棄却した第一審判決を変更し、被上告人の請求を全部認容すべきものとした。

二  しかしながら、(一) まず、原審の確定した前記事実関係によれば、本件手形の「壱百円」という記載は、手形法六条一項にいう「金額ヲ文字ヲ以テ記載シタル場合」に当たるものと解すべきである。けだし、同条項において文字による記載を数字による記載に比し重視しているのは、前者が後者よりも慎重にされ、かつ、変造も困難であるからであると解されるところ、前示の「壱百円」という記載は右のような文字による記載の趣旨に適つた記載方法であるということができるのであり、また、このような記載が文字による記載に当たるものと解しないと、仮名文字による記載が現実的でないことに鑑み、同条項の対象とする文字による記載がありえないことに帰し、不合理だからである。

(二) 次に、原審の確定した前記事実関係のもとにおいて、本件手形上に記載された手形金額については、同条項を適用して右金額を一〇〇円と解するのが相当である。思うに、同条項は、最も単純明快であるべき手形金額につき重複記載がされ、これらに差異がある場合について、手形そのものが無効となることを防ぐとともに、右記載の差異に関する取扱いを法定し、もつて手形取引の安全性・迅速性を確保するために設けられた強行規定であり、その趣旨は、手形上の関係については手形の性質に鑑み文字で記載された金額により形式的に割り切つた画一的な処理をさせ、実質関係については手形外の関係として処理させることとしたものと解すべきであるところ、原判示のように、一〇〇円という小額の手形が振出されることが当時の貨幣価値からしてほとんどありえないこと及び本件手形に貼付された収入印紙が一〇〇円であることを理由として、本件手形における文字による金額記載を、経験則によつて、算用数字により記載された一〇〇万円の明白な誤記であると目することは、手形の各所持人に対し流通中の手形について右のような判断を要求することになるが、かかる解釈は、その判定基準があいまいであるため、手形取引に要請される安全性・迅速性を害し、いたずらに一般取引界を混乱させるおそれがあるものといわなければならないからである。

三  してみると、以上と異なる見解のもとに、本件手形の金額欄記載の「壱百円」の文字による記載を数字による記載とし、手形金額を一〇〇万円と解すべきものとした原審の前示判断には、同条の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、右に判示したところによれば、原審の確定した事実関係のもとにおいては、被上告人の本件手形金請求は、一〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年九月七日から完済に至るまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であり、その余は失当として棄却すべきであることが明らかであるから、これと同旨の第一審判決は相当である。したがつて、右判決に対する被上告人の控訴は理由がなく、これを棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官谷口正孝の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官谷口正孝の反対意見は、次のとおりである。

一 原審が、適法に確定した事実関係に基づき、本件手形の金額欄記載の「壱百円」を数字による記載であるとし、手形法六条一項の規定の適用はないと判示した点については、右記載は、同条項にいう「金額ヲ文字ヲ以テ記載シタル場合」に当たるものと解すべきであるから、右判示には、論旨指摘の法令の解釈適用の誤りがあるものといわざるをえず、多数意見と見解を同じくするものである。

二 しかしながら、手形法六条一項は、手形上に手形金額が文字と数字とにより重複記載されていて、その金額間に差異がある場合について、手形金額の不確定により当該手形が無効となることを防止するため、文字によつて記載された金額を手形金額とする旨を定めているが、右は、通常の手形金額の重複記載の場合の解釈規定であつて、手形面上の記載自体から文字による金額の記載が数字により記載された金額の誤記であることが明白である場合にまで文字により記載された金額を手形金額とする趣旨ではなく、かかる場合には、数字により記載された金額が手形金額であると解するのが相当である。思うに、手形行為の解釈については、手形面上の記載以外の事実に基づいて行為者の意思を推測して、記載を変更したり補充したりすることは、許されないが(最高裁昭和四四年(オ)第七一号同年四月一五日第三小法廷判決・裁判集民事九五号一二五頁参照)、このような手形面上の記載自体を解釈するについては、一般の社会通念、慣習等に従つて記載の意味内容を合理的に判断すべきであつて、文字による金額の記載が誤記であることが手形面上の記載自体の解釈から明白である前示のような場合には、手形金額の不確定により当該手形が無効となることはなく、また、文字による記載が数字による記載よりも重視されるべき理由もないからである。

以上の見地に立つて、本件手形をみると、それが振出された昭和五五年四月の時点において金額一〇〇円の手形が流通すること及び一〇〇円の収入印紙を貼付した金額一〇〇円の手形が振出されることはその当時の貨幣価値及び振出費用等に照らし経験則上ありえないこと、また、本件手形における金額の重複記載については、文字と数字の各記載の対比によりいずれか一方がその桁数を誤つていることが手形面上から看取されるところ、数字による金額記載の場合に比し右のような文字による金額記載の場合には万の字が脱落して万の桁数における誤記が生ずる可能性があること等を総合すると、本件手形における文字による「壱百円」という記載は、手形の外観上、数字による記載にかかる一〇〇万円の誤記であることが明白であるというべきである。

三 したがつて、手形法六条二項につき右と同旨の見解を採用したうえ、本件手形金額を一〇〇万円であるとした原審の判断は、結論として以上述べたところと異ならないことに帰し、前示の同条一項所定の「文字」に関する解釈適用の誤りにもかかわらず、結論において正当として是認するに足り、論旨は排斥されるべきであるから、これと異なる結論及び理由を採る多数意見には賛同することができない。

(裁判長裁判官 高島益郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫)

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